てぃーだブログ › 我那覇孝淳の『なにもそこまで』

2009年07月31日

結婚式

先月、親戚の結婚式があった。
父宛に招待状が届いたのだが、父が現在入院中。
その為、私が行く事になったのだが、断った。


はっきり言って、結婚式を執り行おうとする者達の神経が計り知れない。
正気の沙汰とは思えない。
気違いじみている。


何故、祝い事を自らセッティングするのか。


それは自分の誕生日を自分で企画する滑稽さに似ている。


自分でケーキを用意して
自分で部屋の飾りつけをして
友人知人をわざわざ、わざわざ、もう一回言おう。わざわざ呼んで
バースディ・ソングを歌わせて
プレゼントを用意させて
『おめでとう!』と言わせて
『ありがとう!』と言って
感動して
泣いて


そんな事があったら、余りにも滑稽すぎる。
誕生日は祝って貰うものだと思う。


結婚式も同じ事だ。


自分達で式場を押さえ
自分達で演出を考え
友人知人をわざわざ、わざわざ、わざわざ、もう一回言おう。わざわざ呼んで
余興をさせて
ご祝儀を用意させて
『おめでとう!』と言わせて
『ありがとう!』と言って
自ら書いたご両親への手紙を読んで
自分で感動して
泣いて


勝手にやってろ。
と言いたくなる。


結婚式を挙げたカップルと挙げないカップルとでは、離婚率が違うそうだ。
結婚式を挙げないと、離婚率が高いらしい。
つまり、『結婚式まで挙げたんだから、多少の不満は我慢しよう。』
と言う心理が働くと言うのがその理由だ。
豪華な結婚式で有れば有るほど離婚率は下がるとか。


成程。一理あるな。
と思ったら大間違いです。
そんな事を真剣にのたまう奴がいれば、それは大馬鹿野郎です。


結婚式も挙げて居ないのに離婚もしない。
これこそ強い絆の現れではないですか。
逆に言えば、そういう事でしょう?

親戚縁者を呼んで、慎ましく、結納だけでいいのです。



僕が一番素晴らしいと思った結婚式は二つ。
どれも、結婚をした当事者は知らず(奥さんには知らせていた)サプライズでの結婚式でした。


結婚式とは、傲慢な脅迫です。
さあ!私たちを祝福しなさい!称えなさい!
と云う傲慢な脅迫です。


だから、僕は結婚式には行きません。
例え、どんなに好きな人であっても、恩を受けた人で有っても、それとこれは別です。


とは云いつつも、私が万に一つ恋人が出来て、
億に一つ結婚する事になり、
兆に一つ式を挙げる事になったら…。


その時は全力を挙げて、素晴らしい結婚式を挙げます。
極めて傲慢な脅迫状を友人知人に送りつけます。


結婚式が嫌いなのは私個人のエゴ。
そのエゴを愛する人には押し付けません。
  

Posted by koujun at 01:37

2009年01月24日

私はサタニスト

私は暇な時に良く携帯端末を使ってウィキペディアで遊ぶ。
知の集合体であるウィキペディアは、私にとってはアカシック・レコードの一端である。

その人工的に創られたアカーシャ年代記の、清濁併せ持つ雑な学を垣間見るのが好きなのである。

ある日、私はウィキペディアで『悪魔教会』の存在を識った。

『悪魔教会』の教義と私の人生哲学が非常に似ているので驚いた。

『悪魔教会』と言うと、悪魔を崇拝しているアヤシイ団体だと思われるかも知れない。
アメリカのマスコミにもバッシングされる団体らしい。
反キリストではあるが、キリスト教とは別の角度から『愛』を説いている。

『悪魔教会』なんて団体名にするから誤解を受けてしまうのだと思うけど、あえて『悪魔』と名付けている所に私は共感を覚える。
反キリストを強調したかったのだろう。

私は逆説で真理を説く姿勢が好きなのだ。

その『悪魔教会』の【サタニストが地上で暮らすための11のルール】をウィキペディアから抜粋する。

【サタニストが地上で暮らすための11のルール】

1・求められてもいないのに意見や忠告を与えないこと。

2・他人が嫌がるとわかるようなごたごたを話さないこと。

3・他人の家に入ったら、その人に敬意を示すこと。それができないならそこへは行かないこと。

4・他人が自分の家で迷惑をかけるなら、その人を情け容赦なく扱うこと。

5・交尾の合図がない限りセックスに誘わないこと。

6・こんな重荷降ろして楽になりたい、と他人が声を大にして言っているものでない限り、他人のものに手を出さないこと。

7・魔術を使って願望がうまくかなえられたときはその効力を認めること。首尾よく魔術を行使できても、その力を否定すれば、それまでに得たものを全て失ってしまう。

8・自分が被らなくても済むことに文句を言わないこと。

9・小さい子どもに危害を加えないこと。

10・自分が攻撃されたわけでも、自分で食べるわけでもない限り、他の動物を殺さないこと。

11・公道を歩くときは人に迷惑をかけないこと。自分を困らせるような人がいれば止めるよう注意すること。それでもだめなら攻撃すること。


どうですか?

特に

1・求められてもいないのに意見や忠告を与えないこと。
3・他人の家に入ったら、その人に敬意を示すこと。それができないならそこへは行かないこと。
5・交尾の合図がない限りセックスに誘わないこと。
6・こんな重荷降ろして楽になりたい、と他人が声を大にして言っているものでない限り、他人のものに手を出さないこと。
8・自分が被らなくても済むことに文句を言わないこと。
9・小さい子どもに危害を加えないこと。
10・自分が攻撃されたわけでも、自分で食べるわけでもない限り、他の動物を殺さないこと。

の七条は最も共感します。

1・求められてもいないのに意見や忠告を与えないこと。

お節介は嫌いです。
する方も、される方も。

3・他人の家に入ったら、その人に敬意を示すこと。それができないならそこへは行かないこと。

郷に入れば郷に従え。
と云う事ですね。
だから私は例え飲み会でも敬意を払えない人が居ると行きません。

5・交尾の合図がない限りセックスに誘わないこと。

はい。分かりました。

6・こんな重荷降ろして楽になりたい、と他人が声を大にして言っているものでない限り、他人のものに手を出さないこと。

私はお節介が大嫌いです。
助けを求められたら出来る限りの事はしますけど。

8・自分が被らなくても済むことに文句を言わないこと。

これが一番共感します。
関係ないクセに文句をいう輩が多いです。

9・小さい子どもに危害を加えないこと。

大きい子にもしませんが。

10・自分が攻撃されたわけでも、自分で食べるわけでもない限り、他の動物を殺さないこと。

蚊を見ただけで殺そうとする人が居ますが、なんでだろうと思います。
キチガイかと思います。



私は。
サタニストです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E9%AD%94%E6%95%99%E4%BC%9A
  

Posted by koujun at 04:52

2008年12月21日

九年経った。

9年前の12月21日に私の心友が死んだ。

ヨシノリとは私が6歳の頃に出会って、24歳までの付き合いだった。


足の不自由な人だった。

今の家に引っ越してきたのが6歳の時。
まだ友達も居なかった私は家の周辺を散策している時にヨシノリを見かけた。

でっぷりと太っていて、ペンギンの様に身体を左右に揺らして歩く彼の姿が可笑しくて、からかい半分に彼の後をつけた。
彼の家は私の家の近くだった。

障害者を見るのが楽しかったのだと思う。
何日か彼の家に行った。
兎に角、ペンギン歩きが見たかった。
彼の家は平屋だったので、無断で庭に入って家の中を覗きこんだりした。
そこをを彼の母親に見つかった。
私がヨシノリの友達だと思ったのか、ヨシノリの母は私を家の中に招いて、そのまま友達になった。

私と出会った頃は、ヨシノリはペンギンのようではあるけれども何とか歩けた。
次第に私と遊ぶ為にリハビリをしなくなり、とうとう歩けなくなった。


私は学校が終わると、一目散にヨシノリの家に行って遊んでいた。
だから、小学校の友達と遊んだ記憶が全くない。

粘土遊びをした。
オリジナルの恐竜を作って、【恐竜園】のようなものを作り、飼育ごっこをした。
幼稚では有るけれど、ストーリーが有った。
大体パターンは決まっていて、恐竜同士が殺し合いをするか、【恐竜園】に紛れ込んできた人間(のようなモノ)が逃げまどって最後は食われるを言うものだった。

ダイヤ・ブロックでも遊んだ。
『エンタープライズ号』と云う名の宇宙船をダイヤ・ブロックで作って、宇宙空間を飛び回った。
ストーリーも少しだけ複雑になっていった。
仲間同士の裏切りがあったり。

粘土遊びや、ダイヤ・ブロック遊びを小6を過ぎてもやっていた。
中学になると、流石にこういう遊びが恥ずかしくなってあまりやらなくなった。
ヨシノリが寂しげだったのを覚えている。

粘土遊びや、ダイヤ・ブロック遊びの変わりにTRPGをやり始めた。
(TRPGが何なのかはネットで調べて下さい)
私はGMになってシナリオを作った。


中学も三年になり、高校に行く頃には、ヨシノリの家にあまり行かなくなった。

行ったとしても、粘土遊びや、ダイヤ・ブロック遊びやTRPG等をするでもなく、ただのお喋りで過ごすようになった。

やがて、私は船舶作業員として港で働くようになり、さらに劇団O.Z.Eに入って、ますますヨシノリと疎遠になっていった。

それでも暇を見つけては会いに行った。

私が劇団に入ってしばらくしてヨシノリは呼吸不全で入院した。
病院に行ったら、集中治療室にヨシノリは居た。
兄弟だと嘘をついて集中治療室に入った。
ヨシノリは酸素マスクをして寝ていた。
しばらくして気が付いたヨシノリは私の姿を見て驚いていた。
「死んだら、オレの足を引っ張って教えてちょ」
と言ったら、ヨシノリは泣いてうなずいた。

一月後には容態も良くなり普通病棟に移された。
けれど、咽喉に穴を空けてチューブを通されていたので喋る事は出来なかった。
私は仕事と演劇の合間を縫って、ちょくちょく見舞いに行った。


ヨシノリは劇団O.Z.Eの第二回公演が始まる数日前に死んだ。

1999年12月21日。

その日、私は第二回公演の役作りで「シェイカーを振る稽古」をある居酒屋でしていた。
その居酒屋はヨシノリが入院している病院の近くだった。
居酒屋での稽古を終えて、原付を走らせて居る時、その病院の横を通った。
通りながら、明日お見舞いに行こうと思ってそのまま家に帰った。

その日にヨシノリが死んだ。

私が病院の横を通った時、既に死んでいたのか、死ぬ前だったのか、或いは死ぬ直前だったのか、それは分からない。



火葬場で、そっとヨシノリの焼けた骨を盗んだ。
骨は私の『臍の緒』が入った木箱の中に一緒に入れた。

ヨシノリが死んで9年経った。

未だに足を引っ張ってくれない。
  

Posted by koujun at 02:50

2008年12月14日

私の世紀末カルテ

私は元来、人とあまり関わりを持ちたくない人間である。

桑田佳祐は【私の世紀末カルテ】で
『人の絆は、つかず離れず、希薄な方がいい』
と歌っている。

桑田は逆説的な意味で歌ったのかも知れない。
しかし、素直な私は素直にこの詩を受け止める。

『人の絆は、つかず離れず、希薄な方がいい』のだ。

他人に悩みを打ち明けてはいけない。
他人の悩みを聞いても、答えを出してはいけない。

大体、悩みを打ち明ける人間は既に、自分の心の中に答えを持っているものだ。
ただ、
「この答えでいいでしょ?いいって言って!」
と言いたいだけなのだ。

だから私は他人の悩みを聞いても答えは出さない。
その他人が出した答えが『間違ってるな』と思っても否定はしない。

「いいんじゃない」
と言う。
無責任に言う。
はっきり言って、知った事ではないから。

だから、他人の悩み事を真剣に聞いて
親身になってアドバイスをしている人を見かけると心配になる。
アナタはその言葉に責任を持っていますか?
と言いたくなる。
そのアドバイスで良い方向に向かえばいい。
けれど、悪い方向に向かった時に
アナタは死を以て償える程の責任をその言葉に乗せていますか?
と言いたくなる。
死を以て償えって大袈裟か。

いや!大袈裟ではない!
人一人の人生が変わるかも知れないその一言を軽んじてはいけない!


とてもではないが私には怖くて言えない。
私はそこまで馬鹿ではないから。



『人の絆は、つかず離れず、希薄な方がいい』
と云う理由だけではないのだけど、最近MIXIを辞めた。

三年近くMIXIをしていた。
なので、約三年分の日記をMIXIで綴っていたのだけれど。
辞めた。
辞めたら、三年分の日記のデータは消滅する。
それがなんだか勿体無いので中々辞められずにいたが、思い切って辞めた。



人とあまり関わりを持ちたくない人間。
のくせに、八方美人の私は出来るだけ人に嫌われないように生きている。

その八方美人な性格が、MIXIの日記に対して書かれたコメントの返事を必ず書かせる。
コメント返さなきゃ失礼だ。
返すなら粋なコメントを。
なんて考える。
これが、実に面倒臭いし煩わしい。

少し気分が滅入っていてネガティブな日記を書こうモノなら『大丈夫ですか?』的なコメントが来る。
なんだか心配して欲しくて書いたみたいになる。

まぁ、そういう時もあるけれど・・・。
そうじゃない時もあるわけで。

なので
『人の絆は、つかず離れず、希薄な方がいい』
と云う理由だけではないのだけど、MIXIを辞めました。


私の心の応接間に入って来れるのは
一人だけいいのです。  

Posted by koujun at 02:07